📖 【vol.2】60歳を過ぎてYouTubeを本気で始めてみようと思った理由

60歳からブログ

みなさん、こんにちは。人生リスタート中のTOMです。

前回の記事では、還暦という人生の大きな節目に「手相」が教えてくれた、私の不器用で生命力あふれる歩みについてお話ししました。今日は、私がなぜ、60歳を過ぎてから「YouTube」という未知の世界に飛び込んだのか、その裏側にある葛藤とワクワクをお伝えします。

📋 この記事の内容

「わからない」の連続だった、嵐のゴールデンウィーク

今年のゴールデンウィーク、みなさんはどのようにお過ごしでしたか?我が家では、パートナーのタカさんが仕事で大忙し。そんな中、私は一人、心の中は嵐のような「猛勉強タイム」を過ごしていました。

きっかけは、3月に起きた「HPサーバーのダウンとデータの消失」という悲劇です。あと1ヶ月分の報告を入力すれば済むはずだった昨年度のデータが一瞬で消えたとき、正直「終わった……」と目の前が真っ暗になりました。

しかし、6月の総会までに報告書を修復しなければならないという差し迫った状況に、悩んでいる暇はありませんでした。「デジタルは苦手」と背を向けている場合ではなくAIやITを味方につけなければ、この局面は乗り越えられないと腹を括ったのです。

私はYouTube動画を「先生」にして、朝から晩までPCと向き合いました。講師の言葉を一時停止しては、慣れない手つきで操作を繰り返す

―まさに「PCとにらめっこ」の連休。でもその中で、AI(相棒)の助けを借りながら新しい世界をのぞき見るうちに、私の心にある変化が生まれました。


振り返れば、私が輝いていた「記録」がどこにもない

YouTubeで多くの人の生き方に触れるうちに、ふと気づいたことがあります。

「私には、現役時代の動画も写真も、1枚も残っていない」ということです。

30数年前、ダンスの世界は今ほど気軽なものではありませんでした。著作権の壁もあり、今のように誰もがスマホで撮影して発信することなど、もってのほか。チケットを手売りで捌き、ファンを作り、劇場という「夢の異空間」へ足を運んでもらう。その瞬間、その場にいる人だけが共有できる「一期一会」がすべてだったのです。

私はいつも「指導者」というステージに立ち、弱音を吐くことも、プライベートを見せることもタブーだと思って生きてきました。でも、60歳になって振り返ったとき、あんなに情熱を注いだ日々を証明するものが、何一つ形に残っていないことに、言葉にできない寂しさを覚えたのです。

吐き出せなかった本音、そして今の私が感じていること。これらを記録に残すことは、誰かの勇気になるかもしれない。

そう思い至ったのが、YouTubeとブログという「公の場」へ踏み出す本当のきっかけでした。


釣り、自然、そして「自分を整える時間」を刻む

そもそも、なぜYouTubeだったのか。それは、30年間ダンス指導に突っ走ってきた私が、還暦を機に「自分を整える時間」を大切にしたいと考えたからです。

これまでの私の趣味はすべて仕事(ダンス)に直結していました。だから、それ以外のことはとんと素人。生きた魚を素手で触ることすらできず、料理も得意ではありません。それでも、タカさんの趣味である釣りに同行し、自然の中で過ごす時間は、何よりのリフレッシュになります。

風の音を聞きながら海を眺める。

「この豊かな時間を、ただ過ぎ去るものにしたくない」
「60歳の私が、何に感動し、どう人生を楽しんでいるのかを残しておきたい」

💡 再生回数や登録者数を稼ぐことが目的ではありません。素のままの私の「航海日誌」を動画として残すこと。

それは、30年間の指導歴という「無形の財産」に、新しい1ページを加えるような作業なのです。


18歳の挫折が、今の私の背中を押す

新しい挑戦を前に「今さら無理」「恥ずかしい」という心の声が聞こえるとき、私はいつも18歳の自分を思い出します。

芸能界への夢に破れ、実家に引き戻されて半年間パジャマのまま過ごした、あの鬱々とした日々。あの時の私は「道が閉ざされた」という絶望感に押し潰されていました。

でも、今は違います。遠距離で仕事を頑張るタカさんが、私の動画を見て少しでも笑ってくれればそれでいい。誰も見てくれなくてもいい―そんな「やりたい放題」の気持ちで始めた挑戦でしたが、意外にも応援してくださる方が増え、少しずつ目標に近づいています。

かつては絶望でしかなかった「リセット」が、AIという新しい相棒のおかげで、未来への「スタートダッシュ」に変わった?!のです。


シニアこそ「自分を発信する」価値がある

現代の日本は、65歳までの雇用確保が完全義務化され、70歳までの就業が努力義務とされる時代です。しかし、組織に雇われて年収が平均131万円もダウンするという「再雇用」の現実に甘んじるだけが、シニアの人生ではありません。

📌 シニアの新しい生存戦略

自分の価値を発信し、社会と繋がり続けること。
これこそが、人生100年時代を豊かに生き抜くための新しいリスキリングです。

私の不器用なYouTube挑戦記が、どこかの誰かの「一歩踏み出す勇気」になるかもしれない。そう思うと、動画編集の一つひとつが、まるで新しい自分を発見していく作業のように思えてくるのです。


最後に:志半ば、突っ走る先に見えるもの

60歳にして、初めて思いました。「どっちに進めばいいかわからない暗闇の時間も、決して無駄ではなかった」と。

完璧に踊れなくなる自分に戸惑うこともありますが、32年間の重責を終えたあとに感じたあの「すがすがしさ」は、挑戦し続けた者だけが味わえる特権でした。

🌸 最後に

📖 連載一覧|60歳からのブログ

  1. 手相を見てもらったら、そこには私の「人生そのもの」が刻まれていた
  2. 60歳を過ぎてYouTubeを本気で始めてみようと思った理由(今ここ)
  3. パソコンが苦手な私がホームページを作った話(次回)
  4. ブログなんて無理だと思っていた
  5. ダンス教室を続けてきて思うこと
  6. 少子化で変わった教室運営
  7. AIとの出会いで人生が変わった話
  8. 失敗ばかりだったYouTube挑戦記
  9. 私の人生を変えた出会い
  10. 60代の私が10年前の自分へ伝えたいこと

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パソコンが苦手な私がホームページを作った話