はじめに
「負け惜しみでも、強がりでもなく、今、とてもすがすがしい気持ちです。」
32年前、この仕事を始めた時に自分自身と交わした一つの約束がありました。
「通ってくださる生徒さんがいなくなるまで、一生責任を持って活動を全うする」ということ。
先日、卒業の為にスタジオを後にすると生徒さんから連絡を頂きました。直営スタジオ運営30年、講師歴32年という長い月日に、ひとつの大きな区切りがついた瞬間でした。
自分の時間を削り、走り続けた32年間

振り返れば、私のカレンダーは世間とは真逆でした。 友人が休んでいる時に働き、友人が働いている時に休む。遊びに誘われても断らざるを得ないことも多く、常に「見守る立場」として気を張り詰めてきました。
大ホール・小ホール合わせて17回程の自主公演、地域のイベントへの出演。 まさに完全燃焼の連続で、気づけばあっという間の歳月が流れていました。
満身創痍でも、立ち止まれなかった理由
順風満帆だったわけではありません。 交通事故で上半身が動かせなくなった時も、虚血性大腸炎で入院した時も、コロナ後遺症の肺炎に苦しんだ時も。 「先生のレッスンを楽しみにしている」という言葉を支えに、最小限の休みで現場に立ち続けました。
しかし、その必死さが時に「あんな風にはなれない(あそこまでストイックにはなれない)」という周囲からの冷やかな声として返ってきたこともあります。「自分は何のために頑張っているのか」と、孤独に震え、自問自答した夜もありました。
「みにくいあひるの子」たちが白鳥になる日
私のスタジオには【みにくいあひるの子たち】というサブタイトルをつけています。 どれほど愛情を注いでも、生徒さんはいつか羽ばたいていく「他人の子」です。別れの寂しさがなかったと言えば嘘になります。

けれど、卒業していった子たちが社会に出て、立派なリーダーとして、母として日々奮闘している等、活躍している事を耳にするたび、私の選択は間違っていなかったと確信できます。彼らが「白鳥」として空を舞っていること。それが、今の私の最大の心の支えです。
ギャップに揺れる、もう一つの「素の私」
実は最近、そんな「指導者としての私」とは正反対の姿を、YouTubeで発信し始めました。 大好きな彼と一緒に、子供のようにはしゃぎながら趣味の釣りを楽しむ。そこには、32年間守り続けてきた「先生」としての威厳はありません。
正直に言えば、あまりのギャップに「自分自身のプライドが傷つく」と感じる瞬間もあります。 でも、なぜそれを続けるのか。 それは、単身赴任で遠く離れて働く彼の存在があるからです。
慣れない土地で孤独に戦う彼に、少しでも休日の癒やしを届けたい。疲れたときに、私の姿を見てクスッと笑ってほしい。その一心で、カメラの前で「素の私」をさらけ出しています。また、これがこれからの自分を支える収益に繋がればという、現実的な挑戦でもあります。
これからは「自分のため」の時間を大切に
60歳を迎え、これから新しいコミュニティを一から作るのは、正直なところ容易ではありません。 でも、これからはもう無理をするのはやめようと思います。
数十年間、一度も経験したことのなかった「心置きなく自分のために使える土日」が、今ようやく訪れました。 立場や周りの目を気にして飲み込んできた本音も、これからは少しずつ言葉にして、同じように責任感で苦しんでいる方の心に寄り添えたらと思っています。
スタジオがなくなるわけではありません。自分磨きの歩みを止めるわけでもありません。 ただ、これからはもっと軽やかに。 誰かの期待に応えるための32年を終え、これからは「自分と、大切な誰かが笑顔になれる時間」を、私らしく紡いでいこうと思います。
🌸 編集後記:今の私の「素顔」です
32年間、厳しい「先生」の顔しか見せてこなかった私ですが……実は今、YouTubeでとんでもない姿を晒しています(笑)。 釣りに夢中で子供のようにはしゃぐ、お恥ずかしい限りの「素の私」です。
遠くで頑張る彼へのプレゼントであり、私の新しい挑戦でもあります。 「先生、こんな人だったの?!」と驚かれるかもしれませんが、もしよければクスッと笑いに来てください。

